悔恨クッキング

大根を切っていると、前の職場での失敗がフラッシュバックしてきた。こういうことはよくあって、定番は入浴中や散歩中だが、それに加えて料理中にも必ず起こる。しかも、ダントツで解像度が高い。鮮明すぎて思わず声を上げそうになる。実際たまに声を上げてしまい、何事かとわんこがキッチンまで様子を見にくる。このときも見にきて、3回ほどくんくんしてどっか行った。

フライパンを火にかけ、サラダ油を引く。切り終わった生の大根を入れると、カランコロンと愉快な音がした。すると、学生時代の嫌な思い出が蘇ってくる。時間的距離がある記憶であっても、その当時の自分の「残念さ」が、今と地続きであると実感させられて余計に「残念さ」がふくらむ。

イチョウ型の大根を炒めてしばらくした頃、ふと、ついさっきの家族に対する振る舞いがよくなかったかもな、と思った。自省。料理が完成に近づくと、後悔もリアルタイムに近づいていく。大根が半透明になってきたので、みそやみりんの合わせ調味料をフライパンに注ぎ、じうじうと煮詰める。あ、ちょっと入れるの早かったか。まだ半透明になっていない一部の大根に気付きながらも、焦げないうちに火を止めた。味見のため、ひとかけの大根を口に運ぶ。あっつ。味を感じる前に思わず飲み込んでしまう。微妙にやけどした。

副菜のポジションであるプレートの端っこに盛り付けると、フライパンの上で踊っていた彼らとは思えないほど、静かに萎縮していた。夕飯に食べたそれはやはりまだ固く、少量のわりに味が濃くて我の強い、やっかいな一品だった。

※2025年3月23日 note投稿

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